ライダー紹介

山口辰也

1976年2月11日生まれ 埼玉県志木市出身

 山口とオートバイの出会いは、子どもの頃、母親の運転するスクーターに乗せられたことでしたが、実際に自分で走らせたのは16歳で免許を取ってからでした。幼少の頃からポケットバイク、ミニバイクに乗っている選手が多い中、山口はストリートから走り始めていました。当初は、気の合う仲間と走っていることで満足していましたが、近所の荒川河川敷にあるサーキット秋ヶ瀬の存在が山口をレースに引き込んでいきました。

 ミニバイクレースを始めると徐々に頭角を現し“プロライダーになる”という確固たる信念を持つようになります。その後、ミニバイクレースでシリーズチャンピオンを獲得し、チームに誘われロードレースにステップアップしますが、マシントラブルも多く、思うような成績を残せませんでした。ここで山口は、奮起し、自身でマシンを購入、整備も自分で行いロードレースに参戦すると2つのタイトルを獲得。この活躍が認められ1997年より全日本ロードレース選手権に参戦を開始しました。2000年には念願のHondaファクトリーライダーとして契約。プロライダーとして国内最高峰クラスを走り始めめした。世界選手権へのスポット参戦、国内最大のレースでもある鈴鹿8耐では仮面ライダーチームのエースライダーとしてで走るなど、常に国内の最高峰クラスで活躍してきました。

 2009年もHondaで最高の成績を残しましたが、最高峰クラスでのシートを確保できませんでした。しかし、常に進化を続けてきた山口にとって走ることを辞めることは微塵も考えませんでした。世界で走るという夢があったかです。そのチャンスをつかむために2010年は、全日本ロードレースの中でも最大の激戦区と言われているST600クラスに自らチームを組織し、プライベーターとして参戦しました。決して恵まれたチーム体制ではありませんでしたが、ライバルに打ち勝ち全日本タイトルを獲得。2戦目からダブルエントリーを開始したJ-GP2クラスでもランキング2位と健闘しました。また、ロードレース世界選手権第12戦サンマリMoto2クラス、アジア選手権最終戦カタールSS600クラスにスポット参戦。世界でもその実力が通用することを証明しました。2011年は、TOHO Racingとして参戦を開始。全日本ST600クラスで2連覇を達成しました。

 そして2012年シーズンから再び最高峰クラスにチャレンジを開始し、JSB1000クラスランキング3位、また、鈴鹿8時間耐久ロードレースではキットバイクでは鈴鹿8耐始まって以来の快挙となる2位を獲得。2013年はJSBクラスランキング5位(プライベーターでトップ)を獲得しました。2014年は、ファクトリーマシンと互角の争いをし表彰台も2回獲得。ランキングは4位となりました。
2015年度も引き続き、最高峰クラスに参戦し勝利を目指して挑みます。鈴鹿8耐も優勝を目指し全力で戦っていきたいと思います。

2015、2016年も継続して参戦。2016年全日本ロードレース第8戦岡山大会では念願の優勝を勝ち取り、シリーズランキングは4位となりました。

戦歴
1994年 モトチャンプ杯SP12エキスパートチャンピオン
モトチャンプ杯S80チャンピオン
1995年 関東選手権SP250ランキング4位
1996年 関東選手権GP125チャンピオン
筑波選手権GP125チャンピオン
関東選手権SP250ランキング3位
1997年 全日本GP250ランキング14位
1998年 全日本GP250ランキング5位
1999年 全日本GP250ランキング7位
2000年 全日本スーパーバイクランキング9位
2001年 全日本スーパーバイクランキング6位
2002年 全日本JSB1000チャンピオン
2003年 全日本JSB1000ランキング4位
2004年 全日本JSB1000ランキング2位
2005年 全日本JSB1000ランキング2位
2006年 全日本JSB1000ランキング3位
2007年 全日本JSB1000ランキング7位
2008年 全日本JSB1000ランキング4位
2009年 全日本JSB1000ランキング3位 
2010年 全日本ST600チャンピオン
全日本J-GP2クラスランキング2位
2011年 全日本ST600チャンピオン
全日本J-GP2クラスランキング4位
2012年 全日本JSB1000ランキング3位
2013年 全日本JSB1000ランキング5位
2014年 全日本JSB1000ランキング4位
2015年 全日本JSB1000ランキング6位
2016年 全日本JSB1000ランキング4位

TOHO Racing Clubクラブ員紹介


福間 勇二 (広島県)

10歳の頃に観た鈴鹿8時間耐久レースに憧れるが、日々仕事に追われバイクに乗る時間を持つことは出来なかった。40代になり、仕事もようやく落ち着いてきた頃、鈴鹿8耐への思いが再燃する。CBR1000RRを購入し、峠を走るも激しく転倒。バイクは廃車に。しかし、バイクへの思いは衰えることはなく、サーキット走行を目指し、サーキット走行マシンを探す。その過程で、神様のいたずらか、はたまた運命だったのか、全日本ライダー山口辰也と出会ったことから、8耐への憧れが夢ではなくなってきた?!2011年にTOHO Racingを立ち上げ、監督として8耐出場を果たす。自身も8耐出場を目指し、2011年には岡山国際サーキットにてOKAYAMAロード(ナショナル600)でレースデビュー。その後、毎年OKYAMAロードにフル参戦している。2012年には鈴鹿4耐にも出場。2013年には2回目の4耐出場で自身のタイムも大幅にアップ!岡山国際サーキットで開催されているモトレボリューションでは、BMW を駆り初表彰台に立つ。転倒するときは大胆だがタイムも確実にアップ!2014年もさらなる飛躍を目指し、岡山、鈴鹿での地方戦、鈴鹿4耐に参戦する(岡山自己ベストタイム1‘39.02)


大田 孝志 (広島県)

学生時代に読んだバリバリ伝説から鈴鹿4耐に憧れを持つ。会社を経営しながらツーリングなどバイクライフを楽しんでいたが、仕事で関わりのあった福間がTOHO Racingを立ち上げたことから、TOHO Racing clubに所属し、2012年には岡山国際サーキットで開催されるOKAYAMAロード(ナショナル600)でサーキットレースデビュー。2013年にはOKAYAMAロードフル参戦すると共に、憧れであった鈴鹿4耐に福間と組み参戦を果たす。初めての鈴鹿サーキット走行となったが、走りは鈴鹿サーキットに合っているようだ。走行フォームも綺麗であり、さらにタイムアップが期待される。こっそりモトクロスで練習しているとかいないとか?2014年も岡山、鈴鹿での地方戦に参戦する(岡山自己ベストタイム1‘40.02)

鈴木 純二 (広島県)


野近 幸紀 (兵庫県)

中学生の時に友人宅の農作業用カブを農道で走らせた時の感動で、バイクに病みつきになった。高校に入り内緒で免許取得も学校にバレ、無期謹慎に・・・。大学に進学し、晴れて堂々とバイクに乗れるようになり、最初はツーリングメインで貧しいながら楽しいバイクライフを満喫していたが、やがてスピードに魅せられサーキットに興味を持つ。ひょっとしたら、映画「汚れた英雄」や漫画「バリバリ伝説」に影響を受けた可能性は十分考えられる。富士スピードウェイを走りますますサーキットランに魅せられ、岡山中山サーキットのレースにMBX125にて出場。市販車最上位となりオートバイレースに傾倒していくこととなる。筑波サーキットライセンスも取得し走行。2回目走行中に後方確認なしに自分のラインに入ってきた車両に追突。車両は廃車になり、気持ちはあってもお金が無くサーキットライフ終了となる。その後、公道車両を購入。購入ショップで誘われたスポーツ走行会に参加したことがきっかけでサーキット走行の楽しさが蘇り、この年、40歳を目前とした伊藤真一選手が全日本選手権を制した姿を見て、44歳の自分がサーキットを走っても笑われないと勇気づけられカムバックすることにする。2011年、鈴鹿4耐に出場。二人合わせて95歳でトーホー(ウ)もないメンバーで完走を果たす。思い続けて行動し続ければ夢も叶うと本当に感じた出来事であった。当面の目標はTOHO Racing Clubとして表彰台に乗ることと岡山を36秒台で走ることである。

行村 和樹 (広島県)
1992年6月14日生まれ

山口選手と同じく出身はストリート。20歳から、TOHO Racing主催のサーキット走行会へ参加を始めるまでの2年間は、峠でバイクを走らせていた。走行会へ参加しサーキット走行の楽しさを知り、ドリームカップ仕様のCBR250Rを購入。23歳でレースデビューを果たす。翌年にはST600クラスへスイッチ。OKAYAMAロードレースへフル参戦し、デビューイヤーながらもランキング3位を獲得する。同年、TOHO Racing Clubから鈴鹿4時間耐久ロードレースに出場するも、決勝中に転倒し右手に大きな怪我を負ってしまう。しかし、応急処置をし直ぐに再びコースイン。耐久レースデビューは最下位完走という結果となったが、素晴らしい根性を見せた。